す日記

ただの日記です。

すにっき


すみそです。

日記としてある程度整理しながら残せばその時の思いとかわかりやすいかなあと思って作りました。冗長な文にする癖があるので結局整理できない気がするけど大目にみて下さい。


長〜い自己紹介でもしてみますか。


現在24歳の女です。

そこそこ幸せな家庭で育ちました。

小さい頃はセーラームーンのミュージカルを見ながら歌って踊って、当時から音楽や演劇への関心が高かったと思います。寧ろセラミュが原点なのかも。あと本を読むのも好きでした。将来の夢はと聞かれ臆面もなく「まじょ!」と答え教室が静まり返ったのを覚えています。先生に「3つお願い叶えてくれるのかな?」と聞かれ、それは妖精だろうがよ一緒にすんなよと思いつつ「うん!」と答えていたので幼稚園児の私は今の私よりよっぽど立派だったみたいです。


小学校に入るとそれはもう絵に描いたような優等生になりました。算数だけはちょっと苦手でしたがしっかり大変良いの評価をもらっていました。運動もできるし、リーダーシップを発揮して特別な係に自ら立候補するなど実に模範的でしたがそれも四年生まででした。

アニメ好きのクラスメイトがいて、その子はお姉ちゃんの影響でアニメ誌なんかも読んでいたんですけど勿論ファンタジーなアニメの世界が好きな私はそれをフレンズよろしく「すごーい!」と目を輝かせどんどんアニメにのめり込むようになりました。ラノベもこの時期から。

そして何かの拍子に抜けた髪の毛、毛根についていた透明な何かを発見します。毛根にこんな興味深いものがあるなんて!もっと見たい!と私はこの時からぶちぶちと髪の毛を抜くようになります。これがなかったら私は普通に過ごせていたのかと思うとすごくこの瞬間が憎いです。ある程度成長すれば無駄毛を抜いた時に毛根鞘の存在が確認できそれで事足りたかもしれませんが、当時の私には髪の毛しかありませんでした。

そこからどんどんオタク化し、抜毛が進み隠しきれずヘアバンドを付け、ハブられコースを突き進む事になりました。皆察していたからかあまり質問されなかったのは良かったと思います。小学生ではあまりオタクは嫌悪されないのではないか?とも思いましたが、五年生にして二次創作ホモエロ同人アンソロにぶつかる事故を起こしてしまい性描写にあまり嫌悪感を感じなくなった私にはその年頃では大問題だと思う描写も普通だと思ってたんですよ。なので「怪我した男の傷口にもう1人の男が口付ける」挿絵なんて大した事ないと思っていましたがそうもいかず、偶然そのページを目にした子が大騒ぎし隣のクラスのボス的な女子からも「おい、そこ見せてみろよ」と言われる始末でした。恐らくドスケベ女だと思われていたでしょうね。

取り敢えず小学校は四年生までの貯金があったのと幼馴染が常に私の味方でいてくれた事が支えとなり無事に卒業しました。


月一くらいでカウンセリングに通っていたのですがそこまで抜毛に対しての質問はされず、私が話したいことを話して終わり、という感じでした。中学に入ってスクールカウンセラーのカウンセリングを受けましたが、それも私が話したいことを話して終わりでした。抜いてしまう原因を夜眠れないからと話していたためごく弱い眠剤も貰っていましたがあまり効果はありませんでした。抜いてしまう原因は眠れないからでもなんでもなく、ただ楽しいから。両親は対策として(?)抜毛しているところを見つけたらかなり厳しく叱責してきましたがこれは逆効果だったなあと改めて思います。今でもそうですが私は元々かなり泣きやすい体質でして、それはつまり叱責される事が自分の全てを否定されたかのように捉えてしまうかなり厄介なものです。今でもどうしてこの程度の注意で泣くのかわからない、と思いながら涙を流しています。すぐ泣く女はうざいと言われますがこっちだってなんで涙流してんのかわかんねーよ。

話がズレた。

他には頭にストッキングを被せ固定、指にはテーピング。毎晩お母さんが私を思ってしてくれたにも関わらず、「こんなんすぐ外せば余裕っしょw」と考えていたのでとても親不孝だなあと思います。今でも親不孝ですが。毛根鞘の付きやすい毛、抜き方、赤いのが付いた特殊な毛根鞘など興味は尽きる事なく、とうとう毛根鞘を食べ始めました。中でも特殊な毛根鞘は食感が面白く、普通の毛根鞘はあくまで特殊な毛根鞘を当てるまでの前座でしかありませんでした。


 髪の毛の部位名称に疎いので抜毛箇所の変遷はうまく言えるかわかりませんが

耳の後ろあたり→サイド→前髪です。

なぜ移動したか?それはそこの方がより毛根鞘が出るから、でした。今思えば長い毛より前髪くらいの長さの毛の方が抜きやすいというか、力が入れやすいですね。


とまあ、今回はこんなもんで。

広告を非表示にする