す日記

ただの日記です。

毒にも薬にもなり得る

 

音楽がないと生きられない。

英語だとノーミュージックノーライフ。

私もその1人だ。

 

しかし音楽は人を生かすだけでなく時として人を殺すのでは?みたいな話。過去の振り返りの続きもしつつつらつら話します。

 

テレビで流れる流行の曲だとかアニメソングだとか、小さい頃耳にするのなんて大体そんなものだと思う。小学生の頃に車の中で聞いていた椎名林檎の曲に心を奪われた時点でメンヘラの才能があったのかも知れない。でも幼いながら「私の年でこのエキセントリックな人を好きって言うのは親に何か言われそうでまずいな」と思いその気持ちはしまっていた。そして高学年ぐらいになった頃、私はアニソンから劇的な出会いを果たしてしまった。

ASIAN KUNG-FU GENERATIONに出会ってしまったのである。入り口はアニソンと言えど熱狂的なファンになり、繰り返し「ソルファ」を通して聞いていた。あまり歌詞は気にしなかったが「振動覚」の「特別な才能を何一つ持たずとも」と言う歌詞にだけは心を惹かれていた。

(今になってソルファ再録とか同世代狙い撃ちだよね。)

そこからと言うもの邦ロックサイコー!といった感じで椿屋、ビークルエルレなど今並べたらすごく年齢の出るバンドをおさえていった。今だったらカナブーンとかになるのかな?その頃東京事変が結成された事もあり、ますます椎名林檎の深みにはまった。歌詞を気にしだしたのもちょうどこの頃からで、友達と喧嘩し死にたくなったらネガティヴな歌詞の曲をひたすらかけて泣いていた。ネガティヴな時は今でもやる。

中学二年生。私は厨二病の名に恥じないほどに痛い中学生になっていた。

何故か?

 

ヴィジュアル系バンドにハマった。

 

メンヘラ街道爆進してますね。

入り口は先日休刊が発表された雑誌をたまたま見つけてしまった事、かな?

「ピンクを好きだなんて言うのはぶりっ子!キモい!」と言う風潮が同級生の中にあり、私もそれに同調し「だよねー?やっぱ水色っしょw」などと調子に乗っていたのです。でも私は本当はピンクが好きだった。お姫様になりたかった。その気持ちを思い出させるには十分な衝撃でした。

まあ、当時は第二次V系ブームみたいな風潮あったし触れやすかったのかもね。

色んなバンドを好きになりましたが本命盤(響きが懐かしいですね)もちゃんとありました。休止前のライブ行けばよかった。

ガチガチのバンギャだったのは高2ぐらいまでですが、ここでやっと本題に。私が今生きてるのは好きなバンド(音楽)があったからだと思います。高校でもヘアバンドだったので、幼い頃からみんな分かってくれていた小中とは勝手が違います。加えてオタクでしたからそれはもうハブられの対象ですよ。友達というか部活仲間はいましたが一年生の頃はクラスに同じ部活の子はおらず、ほぼ孤立状態でどうしても辛い時は保健室に居ましたし、教室でぼっちご飯が辛いのでお昼も保健室で食べてました。担任に話しても全く理解されず。しかしそこを乗り越えられたのは「ライブがあるから頑張れる」、これのお陰でした。

それ以降から歌詞も重要視するようになり、その時の気分にあった歌詞がある曲を聴くようになりました。今では逆転してしまってその時聞いた音楽によって精神状態が決定されるというか、その歌詞の思考がトレースされてしまうので幸せな曲の時はとことん幸せだし暗い曲の時はとことん暗くなる。本末転倒なわけです。その時の気分に合わせて聞いていたはずが今では曲を変えるたび生かされたり殺されたりしている。

 

私にとって音楽が毒にも薬にもなっている原因がもう一つあって、音楽を現実逃避の手段にしている事だ。

芸能人になりたい、歌手になりたい思いを曲に投影し、まるで自分が歌っているかのような錯覚を起こした。学生の頃なんか「◯◯歳にして華々しい活躍!」などと常に若い自分が活躍する妄想をしては有りもしない賛美を妄想した。そのおかげでいじめられても曲を聴いている時だけは「私はお前達とは違う、弱冠◯◯歳で才能を発揮している天才なんだ」と全能感に満たされていたし、精神を保つことができた。

しかしそれは24になってしまった今も続いている。曲を聴いている間だけは抜群の歌唱力で、ダンスもできて、楽器もできる全能の歌手なのだ。若い頃に妄想した称賛の声はもう聞こえてこない。「なりたい」が「なりたかった」に変わる歳になってしまった。本当は歌も上手くないし、踊れないし、楽器も何一つできない。私を助けてくれた妄想は今や現実とのギャップで私を殺しにくる毒になってしまった。

 

やたら長くなってしまったけど、まとめると

音楽に浸るのも良いけど浸りすぎも良くないぞ!現実に戻ってこれなくなっちゃうぞ!って所ですかね。

 

おわり。

 

 

うじうじの話②

 

続きました。

 

とまあその後の顛末は粗末なもので。

言いたい事を言って諦めようと自分が不遜な態度をとったことについての謝罪を置き逃げし案の定返事の1つもないまま諦めようとした矢先に削除されていたSkypeのコンタクトが復活するという事態になり、諦めかけていた私の頭は再び「もしかしたらもしかするかも!」とお花畑に。しかし謝罪の際諦めると言ってしまった手前無闇な追撃は良くないのではないか?と迷っていたら常にオンラインだった彼が急にオフラインになり、「ブロックじゃん!!!!」と早とちりしええいままよともう1つ清算しなければならない事柄を清算しつつ諦めきれないと未練がましくチャットを置き逃げし今に至っています。

何だか怒涛の悪手アンド悪手で気持ち悪いですね。(他人事)

実際共通の知り合いに確認してもらったところ、その人からも同じ状態に見えたのでブロックではなかったらしいのですがかえっていい機会でした。新年度だし。

 

険悪になって以降とうとう彼からのレスポンスはありませんでした。前の記事で書いた通り最初の段階で彼からの意思表示はありましたし、彼の中では終わった事、取り合う価値のない事だったんでしょうね。彼の座右の銘(一応伏せますが)の通り自分に酔った長ったらしい演説なんてウザいだけなんですよね。私の謝罪も彼には逆効果だったんです。しかし私は馬鹿なので「最後の言葉を考えるにまだ希望はある!Twitterもブロックされてない!Skypeも復活した!希望が持てる!」とひたすら変にポジティブになり、苦しんで、結果その可能性を自ら潰していくことでしか心の平穏が保てませんでした。諦めかけてたときに連絡先が復活したのは希望でもあり、また私をネガティヴに引きずり込むものでした。

 

余計なお世話なんでしょうけど彼は悩む事が苦手、或いは嫌いで、だから沈黙という形で回避するのではないか?と思うのです。話し合いが出来ればまた違ったのになあ、と考えますが話し合いを出来ないほど彼に嫌われるような事をしてしまったのは私なので言える立場ではないですね。諦めたと言いつつ逃した魚は大きいと思え!などと未練がましく言いながら自尊心を保つ材料にさせていただいております。

1つ腑に落ちないのはやっぱり私だけじゃなくて「お互いに」謝るべき事あったよな??という事ですがこれも言える立場に以下略。

私が悩む事になった彼の一面は無自覚なので、彼にしてみれば「なんか知らないけど勝手にキレられてうざいから縁切ったら更にエスカレートしてきて気持ち悪い」って感じだったんじゃないですかね。そりゃ怖いわ。おばさんに追い回されて怖かったよね、ごめんね。

 

うじうじの原因も自ら作り出していて、所謂察してちゃんなんですよね。そして謝ってくれる事を期待する。自分の書いたシナリオ通りに行かず離れられると「待って!ごめんなさい!本当はあなたのこと大好きなの!」と言い出すクソ女何倍濃縮だよって感じのクソ具合ですね。恋愛だけでなく友人関係もだいたいこれで拗れるというか友達なくしているので今度病院で相談しようと思います。抜毛症の件もあり病院行こうかうだうだしていたところを一発で予約するまで突き動かしてくれた事については、彼にすごく感謝しています。

 

 

同時期に同じような境遇になったフォロワーの男の子(やっぱり年下)と相談しあったり、傷を舐め合ったりしたのでそれで幾らか気が紛れました。ありがとう。君も救われる事はなかったけど、お互い辛い時は慰めあえればいいね。

 

 

 

彼が好きだと言ったamazarashiの「自虐家のアリー」を聴きながらその歌詞に自分を重ねるのも曲と彼に対する冒涜なのかも知れないけれど、1つの物語として俯瞰する事で思い出にできるかも知れない。抱きしめられたくて嘘ついたあの日を今でもずっと悔やんでるけど、まあ、なるようになるでしょう。波の隨に沈む度胸なんてないし失恋(恋愛感情と呼ぶのは違うかも知れないけど一応そう表現しておく)で死ぬのなんて馬鹿みたいでしょ。生きようね。

 

 

 

恐らく後々見返す私はその都度自戒しなさい。また未練が沸いたら自分と彼を解放してやれって事を思い出しなさい。

 

 

クソ女っぷりを見せつけられて結構SAN値削れたと思います。美しいものを見て回復してくださいね。

 

終わり。

 

 

 

 

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うじうじの話①

 

半生振り返りも途中なんだけど、うじうじ案件を終わらせた手前残しておこうと思った。

 

要約すると男の人を「どういう意味合いの好き」かわからないまま縁を切られそこからうじうじしていたというだけの話。かなりゴミクズクソ女感がある話なので読むのはオススメしません。

(インターネット見世物小屋の出し物だと思ってエンターテイメントとして見るのもまた一興だと思ったけど流石に自虐が過ぎた。)

 

ネトゲで同じ団体に属していた縁があり、そこから繋がったが他の人達と比べあまり頻繁にやり取りをする中ではなかった。

お互いというかその団体のメンバーがゲームから離れて行った事もあってほぼ接点もない状態が続いたが去年の冬頃から急に親密になった。というのも、彼が某ソシャゲを発揮するにあたって何故か私にどのキャラを優先して育てるべきか等を質問してきたからだ。

やりとりを続けるうちに単に質問だけではない、なんというか、下心的な物が見え隠れし始めて彼氏がいるけどそれをあからさまにアピールしてしまっては彼の性格的にキレかねないなと思い何とか穏やかに回避する方法を模索しながらやりとりを続けた。

私自身がオタク垢では下ネタ等何でもありな芸風(?)なのもあってかなり直接的な性の話をする事も増え、それ以外にもパーソナルな所に踏み込んだ話にもなった。

(※はじめの方でインターネット見世物小屋と言ったのはこのオタク垢の方向性に原因がある。本当はそこまでやかましくないけれど周りからのレスポンス、評価を得たいがために言わなくていいようなディスりや下ネタ、病みツイートまで何でもありなのだが、そう言った過激な言動やメンヘラである自分をキャラクター化してしまうと普段の自分とのギャップに耐えられなくなる。精神衛生を考え自分の病を過度にキャラクター化するのはやめよう!すみそとの約束だよ!)

そして通話しよう、となり何度か通話を重ねた。本人は覚えているのかいないのか、寝ぼけた声で何度も私への好意を口に出していたが彼氏が居た手前もありはっきりとした答えを出さなかった。

その頃、私から口にしたとは言えこの先を考えるのであれば絶対に避けて通れない問題(デリケートな問題だったので詳細は伏せます)を結婚するとなった時に揉めないよう今はっきりとさせようという話になったのだが話し合いがうまくいっていなかった。

 

多分この時点で嫌な予感がした人、正解だと思います。 

 

私、ひょっとしてあの子が好きなんじゃないか?

そう思ってしまった。

会話を重ねる中で弟みたいで可愛いなとは思っていたが明確に異性としての好意を伝えられていたせいもあり余計に意識する羽目に。

あんまり型にはめたような事言いたくないけれど大概長女って世話焼きじゃないですか。ダメ男に引っかかりやすいとかいうじゃないですか。まさにそれだった。

私は彼に世話を焼く事で人の役に立て、自尊心が満たされる。

彼は年上の女に世話を焼いてもらえるし甘えられる。あわよくばセックスだってしてもらえるかも知れない。

利害というか、お互い需要と供給が一致したと思った。

更に言うと失礼な話彼は女の影が微塵もないオタクでほぼ恋愛経験もなかったようなので私が嫉妬を向ける対象もおらず、そんなモテない君をこんなに愛してあげられるのは私だけ!!と何言ったんだお前ってくらいハイになった。

多分不倫とかしやすそうですよね、わかります。でも此処でいい勉強になったので強く戒めておこうと思います。

この頃は確実に異性として好きだと思っていた。しかし今考えるとそれは向こうからの好意があったからこその話で、正しくは「弟みたいで可愛いし世話焼いちゃうしセックスだって構わないけど男としては微妙」ぐらいだったんじゃないかなあ、と。

後で詳しく書くかもわからないけど、彼は無自覚にマウントを取りたがったりキレやすい傾向にあったので例え付き合えたとしてもモラハラ一直線コースだったんだろうなと思う。この後縁が切れるわけだけど極力彼を怒らせないように立ち回ろうとしたので付き合ってもずっと彼の顔色を伺いながら過ごすことになったでしょうね。本来私は割と思っていることをはっきり話すタイプだけど怒られるのが嫌いなので今回は下手に出た。でもこんな状況が頻発するとなったら流石に無理です。

その後酔った勢いでどういう意味合いでかは明確にせずとも私から好意を伝える機会が増えた。でも心の準備がだとか、何故かその頃から素っ気なくなってきていた。しゅきしゅきパワーでラリっていた私は「お互い好きってわかったのにどうして!?」と戸惑っていたが実際は素っ気ないとかそんな事はなく、至って普通だったのだろう。私が求める反応とは違っていたというだけの話で、その勘違いが不安感を生むきっかけになってたんだと思う。

前に書いた通り彼はマウントを取りたがる傾向にあったがそれはソシャゲにおいても同じだった。話題に出すたび「俺のところには◯◯でしょ、××でしょ、ステータスは…」と一々自分の持つ高レアキャラクターの名前を出しステータス説明をされた。最初はそういう性格なんだな、仕方ないな、と思ったし一々ゲームのレアドロ報告で腹を立てたりしなかったのだが前述の不信感もありどんどん自分が惨めになっていくような気がした。

私は彼にとって何なのだろうか?という疑問で頭がいっぱいになった。ひたすらネガティヴに考え続けた結果、

彼にとって私は世話を焼いてくれて、尚且つ自分よりゲームも下手でレアキャラもおらず容易にマウントが取れる楽なサンドバッグなのだとかなりの被害妄想を結論付けてしまった。

勿論そんな事は無かった(と思いたい)がそう思ったら一直線の私の頭の中はそれに支配され、自分から素っ気なくなり、私はサンドバッグなのだ的な内容の呟きをひたすらした。それで私の苦しみがわかってもらえると思った。そして一言でも謝ってくれると思っていた。そしてここから間違えていた。

次の日朝早くからの用事があったが御察しの生活リズムなので一睡もできなかった朝方、彼がTwitterに浮上していた。当然の如く世話を焼くようなリプライを送ったが私の空気を察したのか、それとも私の勘違いかはわからないが返答はやはり素っ気ないもので「あぁ、私嫌われたんだ」と寝てない頭で考えた。そしてとうとう私はキレてしまい「世話を焼いてしまってごめんなさい、迷惑だったでしょう、バレンタインのお返しもいらないのでそのぶん自分に有意義に使ってくださいね、好きだとか言ってすみませんでした」と言った内容の返事をした。彼からの返事は至って大人で、「そうですか。また機会があればお話ししましょう」と丁寧ながらもはっきりとした拒絶をされた。私より年下なのにね。

(今書いてて思ったけどこの時点で既に明確な拒絶の意思が表れてるじゃないか。アホタレ。)

 

誤魔化すようにハイテンションで呟き続けた。そして夕方、出先のデパートでTwitterを開くと彼のフォローが外れているのを見つけた。所謂ブロブロ解と言うやつだ。人って不意に強いショックを受けると全身の力が抜けるんですね。気を抜いたら泣きそうなくらいだったが出先である手前恥はかけないと私のゴミのようなプライドがこの時ばかりは役に立った。

 

長いですね。記事分けますか。

 

 

 

 

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すにっき


すみそです。

日記としてある程度整理しながら残せばその時の思いとかわかりやすいかなあと思って作りました。冗長な文にする癖があるので結局整理できない気がするけど大目にみて下さい。


長〜い自己紹介でもしてみますか。


現在24歳の女です。

そこそこ幸せな家庭で育ちました。

小さい頃はセーラームーンのミュージカルを見ながら歌って踊って、当時から音楽や演劇への関心が高かったと思います。寧ろセラミュが原点なのかも。あと本を読むのも好きでした。将来の夢はと聞かれ臆面もなく「まじょ!」と答え教室が静まり返ったのを覚えています。先生に「3つお願い叶えてくれるのかな?」と聞かれ、それは妖精だろうがよ一緒にすんなよと思いつつ「うん!」と答えていたので幼稚園児の私は今の私よりよっぽど立派だったみたいです。


小学校に入るとそれはもう絵に描いたような優等生になりました。算数だけはちょっと苦手でしたがしっかり大変良いの評価をもらっていました。運動もできるし、リーダーシップを発揮して特別な係に自ら立候補するなど実に模範的でしたがそれも四年生まででした。

アニメ好きのクラスメイトがいて、その子はお姉ちゃんの影響でアニメ誌なんかも読んでいたんですけど勿論ファンタジーなアニメの世界が好きな私はそれをフレンズよろしく「すごーい!」と目を輝かせどんどんアニメにのめり込むようになりました。ラノベもこの時期から。

そして何かの拍子に抜けた髪の毛、毛根についていた透明な何かを発見します。毛根にこんな興味深いものがあるなんて!もっと見たい!と私はこの時からぶちぶちと髪の毛を抜くようになります。これがなかったら私は普通に過ごせていたのかと思うとすごくこの瞬間が憎いです。ある程度成長すれば無駄毛を抜いた時に毛根鞘の存在が確認できそれで事足りたかもしれませんが、当時の私には髪の毛しかありませんでした。

そこからどんどんオタク化し、抜毛が進み隠しきれずヘアバンドを付け、ハブられコースを突き進む事になりました。皆察していたからかあまり質問されなかったのは良かったと思います。小学生ではあまりオタクは嫌悪されないのではないか?とも思いましたが、五年生にして二次創作ホモエロ同人アンソロにぶつかる事故を起こしてしまい性描写にあまり嫌悪感を感じなくなった私にはその年頃では大問題だと思う描写も普通だと思ってたんですよ。なので「怪我した男の傷口にもう1人の男が口付ける」挿絵なんて大した事ないと思っていましたがそうもいかず、偶然そのページを目にした子が大騒ぎし隣のクラスのボス的な女子からも「おい、そこ見せてみろよ」と言われる始末でした。恐らくドスケベ女だと思われていたでしょうね。

取り敢えず小学校は四年生までの貯金があったのと幼馴染が常に私の味方でいてくれた事が支えとなり無事に卒業しました。


月一くらいでカウンセリングに通っていたのですがそこまで抜毛に対しての質問はされず、私が話したいことを話して終わり、という感じでした。中学に入ってスクールカウンセラーのカウンセリングを受けましたが、それも私が話したいことを話して終わりでした。抜いてしまう原因を夜眠れないからと話していたためごく弱い眠剤も貰っていましたがあまり効果はありませんでした。抜いてしまう原因は眠れないからでもなんでもなく、ただ楽しいから。両親は対策として(?)抜毛しているところを見つけたらかなり厳しく叱責してきましたがこれは逆効果だったなあと改めて思います。今でもそうですが私は元々かなり泣きやすい体質でして、それはつまり叱責される事が自分の全てを否定されたかのように捉えてしまうかなり厄介なものです。今でもどうしてこの程度の注意で泣くのかわからない、と思いながら涙を流しています。すぐ泣く女はうざいと言われますがこっちだってなんで涙流してんのかわかんねーよ。

話がズレた。

他には頭にストッキングを被せ固定、指にはテーピング。毎晩お母さんが私を思ってしてくれたにも関わらず、「こんなんすぐ外せば余裕っしょw」と考えていたのでとても親不孝だなあと思います。今でも親不孝ですが。毛根鞘の付きやすい毛、抜き方、赤いのが付いた特殊な毛根鞘など興味は尽きる事なく、とうとう毛根鞘を食べ始めました。中でも特殊な毛根鞘は食感が面白く、普通の毛根鞘はあくまで特殊な毛根鞘を当てるまでの前座でしかありませんでした。


 髪の毛の部位名称に疎いので抜毛箇所の変遷はうまく言えるかわかりませんが

耳の後ろあたり→サイド→前髪です。

なぜ移動したか?それはそこの方がより毛根鞘が出るから、でした。今思えば長い毛より前髪くらいの長さの毛の方が抜きやすいというか、力が入れやすいですね。


とまあ、今回はこんなもんで。

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